まさか消費者金融に世話になるとは『ある成年後見人の手記』後編

生まれて初めての体験。消費者金融へ

 

私の当時の年収は1000万円を超えていた。だが住宅ローン返済、息子の学費といった既定支出があり、家計は想定外の出費にもろい。定期預金を崩し、ボーナス期の谷間、顔をこわばらせて消費者金融へ。

 

前編は、こちらから

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生まれて初めての体験だった。しかしながら担当者の対応は、銀行や家裁、弁護士よりよほど親切だった。 由利子をほぼ月1回見舞ってきた。単身暮らす大阪府吹田市から有馬の奥の施設までの片道は、地下鉄とJRを乗り継ぎ710円。施設最寄りへのバス便は少なくタクシーに乗り換え2500円。手土産も含め諸経費は1回1万円超。 さらに2カ月にほぼ1度、妻、容子を東京から呼び3人で“デート”。息苦しいであろう施設での生活に、せめて“社交”の機会を与えようと思ったからだった。

09年5月30日が第1回で、東京から妻を呼び寄せ、タクシーでドライブした。

 

由利子を妻が持参した思い切り若めの服に着替えさせ、定番となったコースは、まず美容院で身づくろいし口紅を引く。有馬温泉の足湯につかり、両脇を支えカフェバーへ。ビールとワインを少しだけたしなませ、近くの和菓子店で土産を選ばせる。

 

 美容院で「どんな具合に?」と尋ねられたから「とにかくお客さん気分を味わわせてください」と頼んだ。

 タクシーに乗った由利子は、「六甲はあっちやな。ここ有馬かいな」。道路表示の漢字を読み取る。2時間余りを過ごすと「ありがとう。長生きして良かった」。

 以上のような、後見人になるまでの「見舞い」経費は、先に挙げた80万円余りの立替払いから外した。

 事実上解任した皆元弁護士からは「お見舞いは自由意志です」と言われ、広末も「多額請求では後見人になれません」と釘を刺されていたからだ。

 だが、老いはての人にとり最も必要なのはケアではないか。後見人となる身も、金計算よりもケアにこそ意を用いたい、と思ったものだ。

 

9カ月も経ってやっと後見人に
 

 神戸家庭裁判所の家事審判官(一般裁判での裁判官に相当)は09年10月6日、私を由利子の成年後見人とする審判(判決に相当)を下した。

 

審判書の主文は、1.「本人」由利子について後見を開始、2.成年後見人として申立人(筆者)を選任、3.手続費用のうち申立手数料800円、後見登記手数料4000円、送達・送付費3150円、鑑定費約8万円は由利子の負担。

 これが全内容、一般の裁判での判決理由に相当する文言はない。成年後見開始の審判において、申立人自身は異議申し立てできない。この薄い文章の読み方を広末弁護士が教えてくれた。「弁護士料は、伯母さんでなく、松尾さんの負担ということです」。

 私が払ってきた弁護士料は通算24万3600円。どの弁護士も、後見人に選任されれば戻ってくる前提で話をしていた。それは私の聞き間違いだったのだろうか。いずれにせよ戻ってこない支出となった。

 

 その結果、09年9月時点での立替払いを80万円余りと先述したが、立替分として戻ってきたのは約49万円にとどまった。

 

 後日、家裁で書記官に尋ねた。「この申し立ては、私の利益になるものではない。すべて伯母由利子のためなのですよ」。答えは「弁護士なしで後見人になる人もいます」。

 二の句が継げなかった。書記官の想定にあるのは、親子や兄弟、夫婦などの間での後見人選任であり、家族会議で円満に同意を得るケースだろう。

 姻族三親等の私は、血族の誰一人面識もなかった。そもそも血族が何人いるかさえもわからなかった。弁護士に頼り相手方を探すことから始めなければならない。それには戸籍謄本の取得が必要だが、弁護士や司法書士など抜きでは不可能だ。

 一般の裁判と異なり、審判官は申立人と対面しない。こんな環境を訴える場は、私にはなかった。

 

見捨てる血族たち
 

 由利子の血族との面会を一度だけセットしたことがある。だが、その再会は荒涼たるもので、血縁とは何かを考えさせられた。

 広末弁護士が由利子の血族の割り出しを進め、姉妹2人と甥や姪ら計14人がいることが判明。この中で、神戸に住む実妹の田宮悦子(当時79歳、仮名)が私と連絡を取りたがっているという。

 考えた末に電話した。「どんな経緯があったか知らないし、知るつもりもないが、一度見舞っていただけませんか」。

 曲折を経た末に09年9月7日午後、悦子と息子の次郎(当時47歳、仮名)が施設を訪ね、私も広末弁護士と同道することになった。

 

施設に着くと、悦子母子を先に進ませ対面させた。由利子の口から飛び出した第一声は「あんた誰?」、そして私に気づき「ああ、やっちゃん」。

 悦子は当惑し「なんで分かるん?」。頬を流れる涙も見られない。由利子が実妹に「奥はん」とも呼び掛ける場面もあり、懐旧談も長くは続かない。

 皆が由利子の部屋に集まり、医師の説明を聞いた。すると次郎が「預貯金が1000万円あるそうだが、母は妹だから下ろせるはず」と言いだす。広末が「法律上そうはいかないんです。本人の前で、金の話はやめてください」。

 次郎が、何度も金の話をぶり返す。私も感極まり「あなた方は私より縁が濃い。あなた方が後見人を引き受けてもいいんですよ」。「いえ、ありがとうございます」と母子。

 

由利子がうつむく。空気が分かるのだ。「伯母さん、面倒を見るよ。そのために弁護士先生に来てもらったの。また有馬温泉に行こうね」私はこう言って、気を紛らわせるしかなかった。

 

 帰り際、母子と早く別れようと思っていたら、「こんな所で放り出されても」と悦子。仕方なくタクシーで駅まで送った。「こんな所」って、実の姉の終の住み処なのに……。

 

 その後、由利子が亡くなる14年10月まで、血族の誰一人として由利子を見舞っていない。

 

ある成年後見人の手記 より

 

 

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