日本の医療にイノベーションが必要な理由

November 9, 2017

 

「体調が悪くても、医者がなんとかしてくれる」。そう考える人たちは少なからずいる。日本では、近所のかかりつけ医にちょっとした不調もすぐに診察してもらい、薬を処方してもらえるのが現状だ。このまま気軽に、すぐに病院で診察してもらえる時代は続くのか。財政危機が叫ばれる中で医療においてどんな変革が必要なのか。

 

 そこで、『医療危機――高齢社会とイノベーション』(中公新書)を上梓した多摩大学大学院教授で、医療経済・経営が専門の真野俊樹氏に変わりゆく各国の医療の実態や今後の日本の医療について話を聞いた。

 

――日本の医療にイノベーションが必要な理由とは?

『医療危機―高齢社会とイノベーション』(真野俊樹、中央公論新社

真野:現在、日本の社会保障費は、諸外国と比べ潤沢です。ただし、高齢者の増加や医療技術の進歩により、医療費は毎年数千億円から1兆円も増加しています。

 

 一方で、日本の医療は、医師に対し不信感を抱いている患者さんもいますが、OECD加盟国の大腸がんの5年生存率や、その他の国際研究を見ても、世界でもトップクラスです。

 しかし、現状の高額化する医療費や日本の財政危機を考えたとき、現在の医療を維持するためには、医療を提供する側である医師や看護師、病院側は、無駄のない、効率的な医療を提供しなくてはならないでしょう。

 

 そのために医療提供側が産業的な、またイノベーションという視点を持たないと、今後、日本の医療は持続できないのではないかと考えています。

 

――今回の本では、さまざまな国の事例を取り上げていますが、なかでもアメリカについては多くページが割かれています。アメリカの医療を取り上げた理由は?

真野:社会保障費が充実している先進国では、予算をどう配分するかなどの政策がとられることが多く、イノベーションという視点を見つけにくいと思います。

 一方、社会保険が充実していない国々では、少ない公的医療費のなかで、いかに良い医療を提供するかと試行錯誤しているため、イノベーションが起きやすいと考えられます。ですからこの本では、国民皆保険がなかったり、民営化されている国に注目しました。

 

 特に、アメリカはご存知のように先進国のなかで社会保障が良くも悪くも充実していません。アメリカの医療は、所得が高い人たちには良い医療を、低い人たちには十分な医療が提供できていない、と日本では思われがちです。しかし、実際に医療関係者と話をすると、無保険であったり、所得の低い人たちへも良い医療を提供したいと医師たちは考えています。そうなると限られた状況の中でどうするか、言い換えればそこにイノベーションが生まれやすい状況があるんです。

 

――アメリカの事例として、オバマケア導入後の変化について書かれています。日本では、無保険者が保険に加入するのかという点ばかりが注目されましたが、実は医療全体に対する改革であったと。医療に関してオバマケアで一番変わった点とは?

真野:通称「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度改革法により、医療提供側は量から質への変化を求められました。国民のヘルスケアへのアクセスや、予防の重視などです。

 要の1つはICTの導入です。日本では電子カルテが普及していますが、実はアメリカでは導入が進んでいませんでした。そこでオバマケアでは電子カルテの導入に補助金を出し、一気に普及しました。

 

 アメリカでは、一つひとつの病院が大きくなくても、それらがチェーン店のようにグループになっていることが多いのです。そのグループ内をICTで結び、患者の電子カルテなどの情報を共有する他、中核病院の近隣にある小さな病院の電子カルテも共有する動きがある。これにより、医療情報がデータベース化され、ビックデータとして利用できるので、病気の予防などにも役立てるようになった。

 

 また、先ほど触れた所得の低い人たちへの医療にしても、ICTを使うとコストが安く済むため、スマートフォンで予防などのヘルスケア情報を送ったり、患者が困ったときには、クリニックで診察してもらうより安く、チャットを通して相談することが可能になりました。

 また、無保険の人たちに関しては、オバマケアによりメディケイド(生活困窮者に対する医療保険)を拡大し、所得の低い人たちが大量に保険に加入しました。その結果、患者数が増え、医師の労働量が増えてしまいました。病院経営者には医師が多く、彼らの多くは民主党支持者で、オバマケアにも賛成していましたが、所得の低い人たちは、経営という観点からすると、薄利なんです。それまでは、患者一人を15分診察していたのに、短時間で診察しなければならなくなってしまった。この状況は、少し前の日本と似ています。日本は国民皆保険なので医療費が安く、患者はフリーアクセスで大学病院にもどんどん来院していましたから。

 

――患者が増えたアメリカの病院では、どのように対応しているのでしょうか?

真野:どこの国でも、高齢者が増えると患者が増える傾向はあるようですが、その時、すべての患者を病院が対応するのか、それとも病院以外の施設が対応するのかは国によってわかれます。

 日本でも軽い風邪などの症状の場合は近所の開業医のところへ行き、重い病気の場合は中核病院や大学病院などにかかるケースが多いですよね。その原理がアメリカでは徹底しているのに加え、コストが重視されます。大病院に限らず、小さな病院でも医師に診察してもらうと医療費が高くなる。

 

 そこで、医師ではなく、看護師の上級資格であるナースプラクティショナーが、医師の指示がなくても、簡単な医療行為ができるようになっています。

 

 それが、リテールクリニック(コンビニエントクリニック)と言われるものです。このクリニックではナースプラクティショナーのみでの対処が難しい場合に提携している医師からアドバイスを受け、病院などを紹介します。コンビニエントクリニックは、スーパーマーケットや薬局のなかに設けられていることが多く、対応が可能な場合には、ナースプラクティショナーが薬を処方します。また、予防接種は病院で受けるよりもコンビニエントクリニックで受けるほうが安く済みます。あとは、たとえば軽い糖尿病の患者さんの場合、病状に大きな変化がないことが多いので、コンビニエントクリニックで薬を継続して処方してもらうこともあります。

 

 アメリカの医療保険は民間の保険で、日本の自動車保険と仕組みが似ていて、保険を使わないほうが保険料が安くて済む免責という仕組みが導入されていることがあります。だから、保険を使わないコンビニエントクリニックを利用するのです。

 

――日本は電子カルテの導入が早かったとのことですが、アメリカの病院のようにグループ内で電子カルテなどの情報は共有されているのでしょうか?

真野:先進国はもちろん、そうでない多くの国でも、現在電子カルテなどをクラウドサービスで共有しています。ところが、比較的早く電子カルテの導入へと動いた日本では、導入した当時まだクラウドというサービスがありませんでした。また電子カルテは個人情報なので、クラウドにアップし情報漏えいでもしたら一大事だと考えがちです。ですから、院内では電子カルテなどの患者さんの情報が共有されていても、院外にはつながっていないことも多い。かつてはそれでも良かったかもしれませんが、今日のチーム医療や、病院だけでなく介護との連携を考えるとデメリットが多いと思いますね。

 

――たとえば、エストニアは国民の電子カルテが共有されていて、突然倒れた場合、身分証明書の番号などから、飲んでいる薬や罹患している病気がわかると。もしもの時のことを考えると、非常に便利だと思うのですが。

真野:エストニアでは、それが医療の効率化にもつながっているのです。医療提供者側からしても、電子カルテが共有されていれば、薬を誰がどこでどのように処方されたかがすぐにわかります。

 日本でも、お年寄りが同じ薬をいろんな病院で処方され余ってしまっているという話を聞きます。こういったことは、ICTをうまく利用すればすぐにどこで無駄な薬を処方されているかどうかが判明します。

 また、最近では故意に精神科の薬剤をいろんな病院で必要以上に処方してもらっている人たちがいます。電子カルテは共有されていませんが、最近では処方に関するデータを厚生労働省が突き合わせ、非常に少ない割合ですが、こうした薬剤を過剰に処方されている患者さんが判明しているとも聞きます。

 

――忙しい人にとっては、混み合っている病院で診察を受けるよりも、コンビニエントクリニックで薬を処方してもらうほうが便利だと思うのですが、日本に導入するのは難しいでしょうか?

真野:日本では難しいでしょうね。アメリカで、コンビニエントクリニックを医師が許容しているのは、専門職である医師は、高い技術を持っている、という自負があるからです。コンビニエントクリニックへ行く患者は、その技術を必要としないので、医師たちは、専門に集中できるという考え方です。

 しかし、日本の開業医の場合、保険医療の構造上、患者さんを多く診察すればするほど収入が多くなる構造になっているので、もしコンビニエントクリニックができたら、患者さんの取り合いになってしまう。

 

 コンビニエントクリニックに近い発想は、アメリカだけでなく、ヨーロッパにもあります。イギリスでは医師が公務員の場合も多いですから、仕事の量や範囲がハッキリしているし、医師の仕事が侵食されても失業することはないので、コンビニエントクリニックではないですが、ナースプラクティショナーが自らのクリニックを持っているケースがあります。ドイツやフランスは、比較的医師の権限が強いために、あまりそういったものはありません。

 

――医療を提供する医師や看護師、病院側のイノベーションも必要だと思うのですが、日本の場合、患者が「とにかく病院に行けば良い」といった意識が強いように思うので、患者側の意識にも変化が必要だと思います。

真野:たとえば、イギリスで風邪を引き、頭がものすごく痛いと病院へ相談しても、診察してもらえるのは数日後であったりします。そうなると、患者はナースプラクティショナーのクリニックで薬を処方してもらったり、病気でない普段からどうすれば健康を維持できるか考えるようになります。

 

 しかし、日本の開業医は、良い言い方をすればフレンドリーで優しいので、同じような状況を相談すれば、すぐに病院に来なさいとなりますよね。だから、普段の生活から病気を予防するという意識が希薄になっているのではないでしょうか。

 今後、日本の保険制度を維持するためには、高度な医療を保険から外し自己負担にするのか、それとも軽い病気などを保険から外すのか。どちらかを決断しないといけないときが来るでしょう。そのとき、高額な薬や高度な医療を必要とするのは、重病な患者ですから、そちらを保険適用にしたほうが良いという人が多いと思います。これまでのように、すぐに近所の病院にかかったり、薬を重複して処方されていては医療費を削減することはできません。そうなったとき、国民自らが病気に興味を持って、予防に関心を強めるのが良いですが、そうでない場合、厚生労働省が、診察など医療に関し、制限することは十分に考えられますね。

 

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